「食べる」行為の価値を、再認識してうれしくなる

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| ファスティング中に食材を買いに行く

 
 
 
ファスティング最終日になると、
回復食に使う食材を買いに行くことがあります。
 
今回も、近所の道の駅に、
無農薬や自然栽培の野菜を見つくろいに。
 
原木椎茸があったり、
和知黒という「美味しんぼ」にも登場した枝豆があったり、
柿、なめこ・・・多くの秋の野菜がありました。
 
 
見ているだけで、「ウマそう・・・」
しかし、食べれない、という自虐的なシチュエーション。
 
 
 
 

| 「食べる」という行為の価値を感じる

 
 
 
こういった日を迎えると、
改めて思うのが、「食べる」という行為が好きということ。
 
また、食材を選ぶのが好きということ。
 
 
で、さらに言うなら、
 
 
 「食べる」という行為の価値
 
 
というのを感じます。
 
 
味や盛り付け、団欒を思い浮かべながら、
食材を選び、買い物して、家に帰る。
 
そこから、いそいそと下ごしらえして、
頭の中で手順を組み立てながら、
同時に鍋やフライパンや調味料を使って仕上げて行く。
 
 
このプロセスが、なにやら異様に楽しい。
 
 
で、盛り付けて、大切な人たちと
食卓を共にして、酒を楽しみ、
どうでもいい会話でも価値を感じる時間になる。
 
 
 
 

| とはいえ、忘れるものなので(笑)

 
 
 
そんなことばかりをしていると、
1回1回の調理や食卓の価値をろくに噛みしめず、
スルーしている自分がいたりしますが(笑)
 
 
病気になると健康の価値を感じる、と言いますが、
 
私の場合は、
 
 
 ファスティングをすると、
 「食べる」という行為の価値を感じる
 
 
ということになるようです。
 
 
 
だから、回復食の調理も
(制約が多いにもかかわらず)日頃の調理よりも楽しい。
 
 
椎茸に包丁を入れると、立ち上る香り。
出汁をひいた匂いで、お腹が鳴る感じ。
 
 
初めての体験の時のように、
自分の五感がリセットされる感覚が好きで、
「食べる」価値を再認識するのが好きで、
ファスティングやっているのかもしれません。(笑)
 

maniaque

1973年青森生まれ、兵庫県姫路育ち。京都、仙台、福山、東京と居を移しながら、写真家、書店員、企画職のビジネスマン、経営コンサルタントなどを経て、2007年に起業。2015年に妻と京都丹波に居を移す。そこから会社は東京、住居は京都丹波という2拠点生活に。現在は、会社経営、顧問、共同代表など色々な仕事に関わる。

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